引っ越し準備

本帰国の日はもう決定している。3月17日。あと2ヶ月。

先日我が家に来られた方が、家の中をざっと見回して、「わー、まだなんにも準備にかかっていないんですね。」とちょっぴり驚かれた。

そのとおり。だって、引っ越し業者を使うし・・・。国内の引っ越しをしたときは、経費削減のため、業者さんは荷物をトラックに乗せ替え運ぶだけとし、梱包は全て自分でした。結構大変だった。こちらでは、梱包も全てしてくれるのだそうだ。当日までに、どれを運んでもらうかきめておくだけでいいそう。おおまかに、「この棚のものはお願い。」「この部屋の物は、これとあれ以外お願い。」とそんなんでいいそうだ。楽勝~。

先日取ってもらった見積書がEメールで送られてきた。4.5立方で1,980.00ドルだそう。20万円ちょっと。普通は、何カ所か見積もりをとって、値段交渉をするそう。

だが、しかし、私が思うに・・・

そもそも見積もりの4.5立方だって、結構おおまかだから、あまりあてにならない。

また、1立方の値段は業者Aのほうが仮に安くても、業者Aはもしかしたら、梱包や荷詰めでムリとカサを多くするかも知れない。もう少し工夫したらカサ低くなるのに・・・という感じ。(そういえば、見積もりに来た人は、食器を持って帰ることを結構薦めてくれた。それって、かさ上げだよ、きっと。)

・・・ていうわけで、結局見積もりなんて、あくまで見積もりで、私はあまりアテにしていないのです。まあ、20万円程度なら、妥当かな、という位に思っているのです。

でも、準備は余りしないけど、当日は、カサ低くなるように、目を光らすつもり。キラ~!

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持ってきて良かったもの食料編

食料に関しては、バンドンで充分入手出来ます。

せっかくインドネシアで生活するんだから、全てローカル食で・・・とお考えなら、なおさら。でも、これは、私の意見ですが、食べるという生理的欲求を満たすための行為は、かなり保守的。ムリに変えるのはストレスのもと。健康に過ごすためにも、食べたいモノを食べるのは大切かと・・・。

というわけで、日本食は欠かせません。バンドンで一通り日本食材も入手出来ます(米、醤油、ミソ、みりん、梅干し、もち、のり、鰹節、ポン酢、インスタントカレールー、麦茶、ドレッシング、マヨネーズ、インスタントラーメン、わさび、からし、そば、ソーメン、うどん、ふりかけ、豆腐、納豆、ししゃも、つけもの・・・)が、高いです。インスタントラーメンがローカルのだと15円ほどですが、日本のだと200円ほどします。

ですから、荷物に余裕があれば、持ってくることをお薦めします。中には、パソコンとスーツケース1つだけで来たという人もあると聞きますが、も・もったいない。制限重量ギリギリまで、おもちや米、ミソ、お菓子(甘いの好きな人は和菓子)を入れたらいいのに、と思います。こっちで買ったら高いよ~。日本では空港まで宅急便で送れば好いんだし、ジャカルタではお迎えに誰か来てくれるんだし。

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持ってきて良かったもの衣料編

「これは持ってきて良かった~」というものって・・・なんだろな。

来た年とその翌年は、マンギス(日本人学校の保護者会主催)夏祭りがあって、浴衣を着ました。浴衣がなかったらちょっと寂しかったかも。今年は、マンギスのメンバーも少なくなり、「カレー会」になって、浴衣を着る機会はなかったな。今後着る機会があるかは不明です。こちらでは、気軽に結婚式に招待してくださるので、そんなとき着てもカッコイイかもしれないです。私は、こちらの民族衣装を着ました。シルクでも1万円くらい(上を見ればきりがないです)で買えるので、記念に作るのも楽しいです。

ドレスを着ていくようなパーティーはありません(=きっぱり)。日本人会が休止状態の今、新年会や忘年会もありませんし。会社ごとのパーティーはあるかも知れませんね。我が夫のところは無いです。

ワンピースやスーツは何度か着る機会はあり、持ってきて良かったです。婦人部の親睦会や、日本人学校のセレモニーに招待されたとき着用しました。でも、持ってこなくても、「とても気に入った」のでなくても良ければ、現地調達できます。

普段服は、アウトレットが一杯あるので、当座の分を持ってくれば、徐々に買い足していけばいいと思います。また、テーラーで安くオーダーメード出来ます。布も、沢山売っています。こちらは、紫外線が強いのか、すぐ色がハゲます。又、何にでもアイロンを掛けるので、ゴムとかものびてしまいます。

下着はワコールなど、まあまあのものが購入できます。但し、ブラジャーに関しては、サイズの大きい人は持ってきた方がいいそうです。私は、こちらのでぴったりですが(ちょっと寂しい)。

ソックスもアウトレットで、ナイキやアディダスのが(にせもの?)売っています。私は、日本製を愛用しています。なーんか履き心地が違うし。パンプスを履くときのため位ですが、ストッキングも持ってきた方がいいでしょう。

運動靴もナイキやアディダスのお店にいろいろそろっています。パンプスも、それなりに売っています。しかし、履き心地を追求するなら、持ってきた方がいいと思います。普段は、ニョニャはミュールをはいている人が多いです。安くで売っています。

水着も購入できます。デザインにこだわらなければ。トレパンは売ってますが、なかなかぴったりのサイズに巡り会えません。ポロシャツやTシャツは目白押し。但し、長袖のポロシャツは無いです。ゴルフなどで焼けたくなければ日本から持ってきた方がいいです。

SOLD OUTさんより、さらなる情報を寄せて頂きました。

「ひつじさんが「バンドンは夏の軽井沢」と聞いてきた、とおっしゃっていましたが、まさにその通りですね。
熱帯の国に行くのに長袖なんか、と思っていましたが、雨季の初めは長袖、それもカーディガンは必需品だし、パジャマも長袖が必要でした。

まあ、入手できないことはありませんが、増やすと帰るときに荷物が増えるのが嫌なので、あるもので済まそう、と思うなら持って来た方が無難だな、と思いました。

あとイスラムの国なので、普段は短パンとかははけない(外出時)し、綿パンのいいのはなかなか入手できないので、持って来た方がいいね。」

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赴任後の生活立ち上げ

日本での怒濤の日々を無事に切り抜け、4月6日水曜日成田出発。夕方4時過ぎにはもうジャカルタに到着で~す。

夫の職場の先輩が迎えに来てくださっているので安心。と思っていたが、けっこう厳しい表情でビックリ。「ここは日本と違いますから、貴重品に気を付けて、何か声を掛けられてもさっさと私に付いてきてください」というようなことを言われた。(今から思えば、日本から来て直ぐの人って、よくわかるんだよね。ムボウビ。恰好のカモ)。

2人で100キロ近い大量の荷物を、荷物専用の車に積み込む。荷物は、先にバンドンへ。私たちは、今夜はジャカルタのホテル日航ジャカルタに宿泊。その日は道が混んでいて(=今から思えば普通)、ホテルに着いたのは19時をまわっていた。夕食を取りながら簡単なミーティングをして、21時ころやっと自由の身に。「明日から目の回るスケジュールですから今夜はゆっくり休んでください。くれぐれも、まだお二人での外出はお控えください。道を渡ったところにショッピングモールがありますが、ぜーったいに横断歩道は渡らないでください」と釘を刺された。

ホテル日航の旧館に宿泊したことのある人ならわかると思うが、何とも古くさい、かびくさい、薄暗い、水回りも今ひとつ・・・のホテルだなあ。何となく、これからのインドネシア生活を象徴しているようで・・・な気持ち。

おまけに、荷物のみをバンドンに搬送中の運転手から「警察に止められ罰金を請求されているがどうしよう?」と電話が。なんでも、こんなに大量の荷物を運ぶのは違反だと言われたらしい。しかし迎えに来てくれていたその先輩は「出ました!インドネシア!早速やられましたね。」とおっしゃる。何で、いちゃもんつけられるかわからない国。そもそも、運転手の一人芝居かも知れない、とのこと。

翌7日は8時頃ホテルで朝食バイキング。これはちょっと感動。日本のホテルの朝食よりずっと豪華。さすが東南アジアの朝食バイキングだ~!この朝食だけで、昨日の数々の不安や不満は吹っ飛んだ私。食べるモノって、とっても重要だ。口に合うものが食べられるなら、少々のことは目をつぶれるさ。希望の光。

9:30、大使館に手続き。

10:00、ハリム空港(国内線専用の空港)

11:00、メルパチにてバンドンへ移動・・・ホントに空飛ぶバスって感じ。飛ぶ前に天井あたりからシューっとドライアイスのようなのが出てくるし、ホントに飛ぶの?来て翌日に死ぬのはイヤだよ~

12:00、バンドンに着くや、すぐ、りそな銀行に直行し、口座開設。

13:00、昼食。

14:00、トヨタで、車の手続き。

15:00、ホリデーインチェックイン

16:00、ミーティング

18:00、歓迎会

まったく、今こうして整理していても、よくぞたえたな私!ッテ感じ。でも、その時は必死で、疲れすら感じなかった気がする。

8日(金)、携帯購入(=必需品)、銀行手続き、グローバルダイレクトで引き寄せ

  午後は住宅下見。4カ所見て回る。何がなんだか・・・

9日(土)、午前中、住宅決定。・・・何がなんだか・・・

  午後は使用人面接。・・・何がなんだか・・・わからないうちに、コキさん(料理係)、チュチさん(掃除洗濯係)、スピルさん(運転手)、ジャガーさん(守衛)を決める。はっきり言って何を基準に選べばいいのか全くわからない。「使用人の善し悪しでバンドン生活は左右される」とか言われてもサー、困るのよね。

10日(日)、待ちに待った休日だーお世話を担当してくださっている先輩が、町を何カ所か案内してくださった。今から思えば、職場の先輩も、かなりの激務の中、せっかくの休日を私たちのため返上してくださっていたんだな、、、と翌年お世話をする立場になって初めてわかった次第。赴任者も大変だけど、受け入れ側も、万が一のことがないように、本当に、神経と、体力を使ってくださるのだな。

11日(月)~15日(金)、夫は早速仕事開始。その間ニョニャとなった私は、先輩ニョニャと生活に必要なものの買い出し。あるいは、メイドさんとの生活ぶりを体験するため、先輩のおうちにおじゃまさせて頂いたり・・「おー!!ちゃんと、インドネシア語で、しゃべってる~!!」その様子を見て、ちょっとドヨヨ~ン。「私ってインドネシア語できないじゃん。いったいどうやって意思の疎通をはかるの・・・」

おまけに、ホテルでは英語が通じるにもかかわらず、英語もいまいち理解できず、ましてやインドネシア語なんてチンプンパンプンだし、ストレス!!週の半ばには、マイカーが来たんだけどサ、運転手になんていえばいいんだか・・・とりあえず「トコステ」って言えばトコステに行ってはくれるけど、「私が買い物してる間に、夫の職場に行って頂戴。私はニョニャ○○と帰るから戻ってこなくて好いよ。」とか複雑なことは言えないので・・・多分私より、運転手さんの方が、困っていたことだろう。

16日(土)、入居。職場の皆さんが手伝ってくださり、(主にメイドさんへの指示)あっという間に終了。だ・だけど、これから、この人たちと(=メイドさん)どうやっていけばいいの~???「わ・私に、しゃべりかけてこないで~」。何か聞いてきたら、即先輩ニョニャに電話して、通訳してもらうしかない、わたし。こちらの言いたいことは、辞書を片手に、単語だけで、何とか通じることがわかった。ホッ。

入居して、メイドさんとの生活が始まれば、ようやく、それは本格的なこちらでの生活の始まり、ということ。その後は、奥様方で歓迎会をして頂いたり、日々の買い物に行ったり(=これがまたたいへん)、インドネシア語の勉強をはじめたり、月末には、メイドさんのお給料の準備をしたり。何もかもがはじめてのことばかりで、まだまだ緊張の連続の4月でした。

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派遣が決まってから出発まで

赴任先の連絡があったのが12月18日。

記録によると翌2月19日にインドネシア語の本と、ガイドブックを買いに行っている。

翌20日にB型肝炎予防接種。

23日に渡航手続きの書類が速達で届いている。

24日にパスポート写真を取りに行ったり、渡航手続きに必要な書類を集めるのに奔走している。役所や郵便局の年末年始休暇が入るため、夫は、中央郵便局まで書類を持っていっている。

年が明けて7日、SAL便用の箱10箱を郵便局に買いに行っている。

8日、壮行会(職場、しかし夫婦で)。

9日、海外保険資料請求。

12日、予備のコンタクトレンズ購入。

13日、グローバルダイレクト資料請求。

14日、日本脳炎予防接種。

18日、運転免許更新。

24~30日、夫研修。

2月3日、光熱費等引き落とし口座変更。

10日~12日、配偶者研修。

15日、SAL1便目送付。パソコン部品購入。薬(蚊取り線香など)ネットで予約。

17日、クレジットカード更新。

24日、SAL3便目送付。

28日、SAL4便目送付。

3月1日、壮行会。

2日、壮行会。

3日、SAL便5便目送付。車売却査定。

5日、壮行会。

8日、壮行会。

9日、SAL6便目送付。

10日、役場、郵便局手続き

13日、壮行会。

15日、SAL7便目送付。生協脱会手続き。

21日、子ども関係お別れ会。

22日、ニフティ手続き、JALグレードアップ手続き。

24日、壮行会。

25日、子どもお別れ会。

26日、家族お食事会。

28日、車売却書類準備、海外保険手続き。

4月2日、車売却。役場手続き。

3日、空港止め宅急便送付。

4日、家片付け仕上げ、持ち物再確認。

5日、辞令式(夫のみ)。ホリデーイン前泊。

6日、出発。

これらの他に、地域の用事(組とか婦人会とか)、子どもの用事が結構入って、特に我が家の場合子どもの住民票を移したり、口座開設、引っ越しなど、何がなんだかわからない程の多忙さだったな。おまけに長女のアトピーが悪化して、毎週遠方の病院に連れて行ってたし・・・よう頑張ったもんだわ。2月になってSAL便を送りはじめてからは、ほとんど毎日、買い物と、家の片づけに明け暮れていた。(=実は片づけが一番苦手)

それにしても、目に付くのが、「壮行会」。全て、「私の」でござります。仕事は前年の3月一杯で辞めているので、全て、プライベートのお別れ会です。

最後1週間は、車売却や住民票のことなど、失敗の許されない手続きがたくさんあり、精神的にも疲れました。また、東京なんて生まれて片手で足りる回数しか行ったことない私ですから、飛行機乗りに行くのも疲れました~。ホリデーインホテルまで一人で行くのになんだかどっと疲れたのを覚えています。

しかし、緊張の日々はまだまだこれからも続きます。ホリデーインホテルに行くのは確かに大変だったけど、そこはまだ日本語の通じる世界。治安も人々の習慣も慣れた世界。これからは、言葉もほとんど、(いや全く)わからない国で、習慣も治安も異なるところで「生活立ち上げ」、という大仕事が、待った無しに、待っているのですから!

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インドネシアで住むにあたっての心構え

私が感じた、必要な心構えは・・・

「何事も自己責任」

例えば・・・レストランで、あるいはホテルで、食堂で、食事をするとき。その料理を食べたあと、起こりうる恐ろしいこと・・・を引き受ける覚悟でもって、食べなければなりません。特に来イ当初、あこがれの生ジュースを注文するたびに、先輩ニョニャに「かんちるさん、だいじょうぶですか?」などと脅されたものです。夫は今でも外食の際の飲み物は、昼真っからでも、ビールがあればビール(イスラムの多い国なので、アルコールはおいていない店も多い)、ビールがなければ、ビン入りジュースです。しかも、来イしばらくは、目の前で栓を開けてもらっていました。

店員の言うことを信じるも、信じないも、「自己責任」。「この水はアクア?(=まさか水道水じゃないよね)」とか「氷はアクアから作ってる?(=まさか生水からじゃないよね)」「このメロン甘い?」な~んて聞くだけムダ。今まで、99.9%「ヤ!(=はい!)」という返事しか聞いたことないもん。水や氷の正体は確かめようがないけど、メロンは甘いときは滅多と無くウリのようなときもしょっちゅう。つまり、テキトーに都合良く答えているのでは?

あとでおなかを壊しても、(たとえ入院したとしても)、日本のように保健所の検査が入るわけでなく、結局「食べた人の自己責任(=泣き寝入り)」・・・というか、あまりにも食中毒の可能性が多いから、いったいどこで食べたモノが悪かったのか特定不可能。

スーパーで買い物するときもしかり。製造年月日とか賞味期限を信じてはいけません。信じるべきは、自分の、動物的嗅覚、感。肉だって、魚だって「これ、新しい?」って聞いても「ヤ!」です。ヨーク見て、疑わしければ臭わせて頂きます。日本じゃあこんな失礼なことしませんが。卵も、1つずつ振って確かめます。でも、逆に、スーパーだとそういうわけに行きません。パックされているので・・・。かの有名な「パパイヤ」でですら、何回も腐った卵にあたっていますし、「生で食べられる」といううたい文句の「開発商品の豆腐」ですら、腐っていたことがあります。「生でのめる牛乳」もしかり。けれども、そんなことでいちいち目くじら立てていては、ここではストレスで参ってしまうでしょう。逆に、こう考えています。「アー良かった。ここの豆腐はホルマリン使ってってないって証拠ね」。ホルマリン!?はい、ホルマリンです。一応1年ほど前大問題となり、使用は禁止されましたが・・・パサールの肉売り場や魚売り場に何故にハエが少ないか・・・考えただけで恐ろしいです。

食の安全の視点から言えば、農薬も・・・トマトと豆は最近我が家ではトント買わなくなりました。「今度こそ、今度こそ」と買っては、臭くて捨てるを繰り返したあげく、もう買わなくなりました。イチゴやエビも時々感じます。なんというか、鼻では臭わない、食べたときのど越しに感じる・・・(多分私は敏感な方だと思います、全く気にならない人もいるようです)。最近は、無農薬野菜も売ってますが、信じるか信じないかは自己責任です。

自己責任は食べ物だけではありません。日本ではたいてい政府や自治体が責任を問われますが、ここでは、そのようなことはありえません。今も、NHKニュースでC型肝炎の患者救済の問題が報じられいます。インドネシアでは、あり得ません。私は入院したときも、しんどいにも関わらず、注射針が新しいかチェックチェック。看護しさんが薬間違ってないか、「これは何の薬?」とかわからないなりにチェクチェック。・・。で、逆に疲れてしまい「この病院を選択した(=ジャカルタまでいかなかった)時点で覚悟を決めたんだった」と思いだし、任せたんでした。

スーパーのエスカレーターで怪我をしても自己責任です。エレベーターもしかり・・・点検なんてちゃんとやってるんだろうか・・・遊園地の遊具で事故があっても、多分少しは補償があるかもしれないけど、きっと雀の涙だ・だって補償能力がないんだもの。

タンクバンプラフというバンドンの有名な観光地ででもびっくりした。ここは今ももうもうと熱そうな噴煙が上がっている火口があるのだが、そこにちゃんとした柵はない。若者たちは、中に下りていって写真撮影をしている。万が一落ちても、自己責任。

そして、このブログの記事は全て私が感じたこと。参考にはなっても、信じるか信じないかは自分で決めてね。

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怖いのNo.1

バンドンの生活は想像していたものとは比べものにならないほど快適。

(だって・・・夫の赴任が決まった時、ちょうどインドネシアは大地震に続き、津波の被害にあえいでいた。バリやジャカルタではボムのニュースもしばしば耳にしていたし・・・ちょっとドヨヨ~ンだった。・・・なもんでかなり覚悟してやってきた。)

で、やっぱり一番怖いのは「病気」だな。

デング熱は結構ポピュラー。私も1度経験済み。毎年、邦人の何人かは罹患している。これは、カにさされない工夫が必要。(はっきり言って完璧にはムリ)

腸チフスやアメーバ赤痢も時々邦人がかかったと聞く。これは、食べ物に注意することが必要(はっきり言って、カキリマ(移動屋台)は原則御法度、ワルンもかなり確率アップ。しかし、だからといってレストランなら、あるいは、ホテルなら安全か、と聞かれれば・・・NO・・・交際を絶ち毎日毎食家で食べる事が可能なら、かなり安全)

とはいえ、こういった現地の病気は、現地の医者に任せても、まあ、好いのでは、と私は思う。そこそこのレベルの病院(=ボロメウスあるいはアドヴェント)なら、ファシリタシも充実してるし。ただし、医療費は結構かかります。3泊4日の入院で、部屋のレベルはちょうど真ん中あたり(個室、トイレ、シャワー付き)で、入院手続き時に5ジュタし払いました。その後退院時にも2ジュタほど足しました。キャッシュレスの保険に入っていれば、全く支払う必要なしです。

問題は、現地の病気以外の病気。あるいは、なんの病気かわからない発熱時。(って、デングにせよチフスにせよアメーバにせよ、最初はわからないんで判断に迷うんですが)。最近夫が原因不明の発熱がありましたが3日間様子を見て、彼は、ジャカルタの病院(日本人医師)に行きました。やはり、バンドンの、日本語の通じない医師に見てもらっても、精神的に安心することは出来ない。こじらせてからジャカルタに行くよりも、最初からジャカルタに行く道を彼は、自分で選択した。・・・そう、ここでは、全て自己責任。全ての結果は自分で引き受けなければならない。日本のように、国や病院を訴えても???

また、整形もちょっと勇気いるかな。私は、慣れないゴルフで首を捻挫していたと思う。一時帰国前だったので、こちらの病院には行かなかった。なんだか、よけいひどくなっても困るし・・・1ヶ月ほど我慢していたよ。帰国1週間前には耳も痛くなり、熱まで。。。中耳炎かと思っていたら、全て首から来る症状で、一時帰国中は3日と空けず整体に通っていました。私の場合まだ軽傷で、自力で帰れたけれども、保険をつかってシンガポールまで緊急搬送された方や、とりあえず日本で治療を受けたいと、痛みをこらえて治療のため日本に一時帰国された方もいる。

あと、怖いのは「結核」。まだまだ、この国には蔓延しているそうです。少し前になりますが、ある人のご家庭で、雇っていた住み込みのメイドが喀血し結核と判明。小さい子どもさんも含め家族4人病院で検査。念のため薬を服用したとのこと。最近も、通いのメイドの家族が喀血し、検査中という話も聞いたし。身近な人の体調観察も大切だな、と思う。

とりとめのない記事になったが、

ポイントは、保険には絶対入っておくベシ。(企業によっては会社で加入してくれているから問題ないかも)

バンドンの医療レベルはそう高くない。必要と感じたらジャカルタへ!。さらに、不安を感じたら、日本へ。全ては自己責任で判断するベシ。

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新たにインドネシアに赴任が決まった人たち

この12月で本帰国の予定が3家族。近々もう1家族も帰国との噂・・・年末、それから少し先の年度末には、「沢山の入れ替え」がある。

そんな、新しくバンドンに赴任が決定した人が、もし、私のブログを見つけてくださったら、嬉しいな。

バンドンって、旅行雑誌には、ほんの数ページしか載ってない町だし、情報少ないんですよね。ジャカルタやバリは情報一杯なのに。

私のブログを読めばきっと、「バンドンってどんなところなんだろう」という不安心配はぶっ飛んでしまうこと請け合い。逆に、「わー、早くバンドンに行きたいわ」と楽しみになるに違いなーい。もちろん、陰の部分もちゃんと記録しているつもり。しめるところさえ、きちんとしめれば、ここはパラダイスさ!

レポートしてほしいことがあれば、何なりとリクエストしてくださいね。(=なんちゃって、まだ誰も見てないって)

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