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ぶんこ

インドネシアに行く前までの私のライフワーク(?)だった文庫活動。それは10年くらい続けていた活動だ。

もともと図書館作りの住民運動に関わっていた私。子どもが3歳の時実家に同居のため戻ってきたとき、ビックリしたのは「え・いまだに図書館ないの?」ってこと。当時、滋賀県は図書館にかなり力を入れていた。全国の有能図書館員を館長として引き抜き、本物の図書館作りをはじめていた。しかし私の帰ってきた町にはまだ、図書館はなかった。

それどころか、図書館行政初期の「ちょっとしたミス」である「草の根文庫」が補助金をもらうののみを目的に残っていた。もともとこの草の根文庫のモデルは、つい最近亡くなられた石井桃子さんの「子どもの図書館」であった。文庫活動をきっかけに住民が図書館作り運動を起こしてくれないかと期待されていた。行政主導でなく、住民からの動きがほしかった気持ちはわかる。うまくいった地域もあった。

しかし文庫活動はそれに関わる大人にかなりの「力」が必要である。この「力」はなかなか一口で説明するのは難しい。この「力」のない大人が文庫に関わると悲惨である。

第一に子どもは、残酷である。ここは自分の居場所じゃない、と思うと来てくれない。第2に、自力でこれない小さな子は、大人の理解もないと来てもらえない。第3に、来てもらえばいいというものではない。

・・・大人の理解・・・これは本当に大変だ。子どもにとって遊びがどんなに大切か、ということを理解している大人は、実際のところそう多くない。お手軽参加型の、行政主導の「○○体験クラブ」などには参加できても、遊びを作っていくことのできる子はそういない。遊びを作っていくためには、ある程度の時間が必要なのだ。細切れの時間ではできない。また、今の時代子どもが安全に遊べる場所(=空間)も必要だ。そして、一緒に遊びを作っていく友達=仲間)もね。言い古された言葉ではあるが「三間を保証する場」・・・これこそ文庫だ。

これは誰でもやれる仕事ではない。・・・と自負している。

バンドンに残してきたルマ・キタ文庫。引き継ぎに消極的だったのはこういうわけだ。押しつけて日本に帰るくらいなら、閉じてしまうべきと思っていた。ところがいろんなことがあって、引き継いで頂いた。どんな風に続けてくれるか、楽しみでもある。

さてさて、日本の文庫は、私がいなくてもちゃーんと続いていました。保育所との交流会も、前の私の職場だった児童館訪問も続けておられた。今は、みんなの活動場所である公民館に季節の花を植えたり、更に楽しそうになっている。子どものため、・・・なんてホントはうそぺっぺ。大人も本当は楽しんでいるんです。「今度は~しない?」という子どもと一緒に、限られた環境の中でいかに楽しむか、知恵を絞っています。

こういう仲間ができるまでに3年かかっています。地域の公民館を気持ちよく使わせて頂けるようになるにもほぼ3年かかりました。(なるほど石の上にも3年)。「文庫を始めては3年」ですがそれまでのつきあいが更に長い年月あります。つまり、やはり、人間関係って、とっても大切なのです。お母さん方が。お母さん方の方から「私も一緒にやります」と声をかけてくれるまでは、ただひたすら自分の理念に従い行動するのみだったな。

バンドンではなんのパイプもないところから始めて3年でしたから、実際のところ引き継ぎは無理があったかもしれません。ariesさん凹んでないかな。

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