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久々の映画

ほぼ1年ぶりの映画館。(=バンドンで1年ほど前「日本沈没」を見たのが最後の映画だった)。

ナルニア国物語:カスピアン王子と角笛

ヤッパ、映画館で見る映画はいいな~

迫力満点。「おか~さ~ん電話~」の声にじゃまされることもないし。

バンドンの生活はそれなりに楽しかったけど、映画館で見る映画は(英語もインドネシア語もできないかんちるには)、帰国したからこその楽しみ。

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いろいろな職場

一口に職場といっても、ホントいろいろだな、と思う。

ariesさんほどではないけれど、いくつかの職場を体験してきた。

一番楽しかったのは、やっぱ、新卒で結婚まで働いた、大手企業。まだ独身だったし、職場は「仕事」以外にも大切な場所だったな。今から思えば、華のOL時代。企業も今ほど世知辛くなく(=大企業だったからかなあ?)(=それとも職種が特殊だったのかなあ?)自分で時間配分をして、適当に休憩がとれた。女子ロッカー室にはしばしば男性職員からケーキが届けられていたしなあ(=なんと言ってもこれが一番!!!)。女子職員にはその情報はサササと伝わり、時間差で上司が気付かぬよう、あるいはお互いフォローし合って、ある時は正直に「今日は○次長からケーキの差し入れがあったんです~。今からいただいてきま~す。」と堂々と、仕事に差し支えのないよう休憩(のっと いこーる サボル)していたなあ。

その次は、子どもの手が離れた後に始めた、児童館の仕事も楽しかったな。ここは研修がとても充実していたし、多いときは週一で入っていたな。それに事業の企画も任されていたから、親子クッキング、環境学習(と称していろんなところに行きました)、工作教室、お話会、講演会・・・趣味と実益を兼ねた仕事だったなあ。夫の海外赴任でやめざるを得なかったのはチョー残念。

その次は、ゴルフ場の受付も結構楽。9時頃までは次々やってくるお客の対応にてんてこ舞いだけど、その後はラクショ~。まだパソコンが入っていなかったから手作業で5回来た人を捜し優待券を送ったりするだけ。時々レストラン部から差し入れのおやつが来たし。お客さんからの差し入れもあったし!(=結局食べるもんかい)

いまいちだったのは、塾の講師。これは一見時給がよいように見えるが、実は結構大変。授業の20分前には来い、とか、教室行く前に事務所によって、とか、授業の準備や報告書は家でやってたから・・・そういうのも時間に入れたら、別にフツーやん。おまけに、受験生とか担当するとプレッシャーもあるし。

最悪だったのはマクドナルド。いや、マクドナルドが悪いんじゃなく、私に、あのようなたぐいの仕事はまーーったく適していなかっただけなんです。まず、レジが怖いー。かんちる自身マクドナルドは食べないもんだから、セットメニューが頭に入っていない。いくつか注文しているウチに、セットメニューになる場合があるが、いまいちよくわからんかった。最悪なのは、注文しながら変更する人。「あ・やっぱさっきの○やめて△にする。」とか。私のレジでは変更お断り!!と張り紙したかったワ。お客が来ると、なにげなくふき掃除している振りをしたりしてしのいでいたが、2ヶ月でやめましたとも。今から思えばよくぞ2ヶ月も持ったもんだ。

そして、今回の職場・・・ここは、忙しすぎ!信じられない。息子と娘のような子たちと働いているが、この子たち、若いからつとまるけど、体は大丈夫なんかなあ。案の定、男性職員は、「昨年と一昨年2年連続10日間ほど過労で入院しました」ですと!食べ物が受け付けなくなって入院したそう。女性職員の方は昨年転職してきたばかりだとか。前の職場の方がきつかったそう・・・。時代が変わったんか・・・?かんちるのOL時代と大違い。あんな甘い時代を知っているだけに、かんちるには信じられない職場だ。

今時の若者は・・・とか聞くが、今時の若者、頑張ってるなあ、と感心。

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仕事はまずまず順調

週3回のパートのお仕事は、まずまず順調。割とマイペースでできることがわかり、ほ。

インドネシアの時間感覚に慣れていたから、

この忙しさはなんやねん!と最初はビックリしたが、

お茶する時間も無い職場~?と最初は驚いたが、

いまじゃあ、

この、テキパキ感が心地よいかも。

あ~なんて順応能力の高い私なのでしょう。

今日は、やっと、私のパスワードが発行されたので、いろいろ初期設定をした。面接の時、「パソコンはワードもエクセルも以前は使っていたけど、ここ3年間全く使っていないので、自信ありません!」(=何をビックリマークつけるほど張り切って言ってるんや)と、はっきり言っておいた。だって、できると期待されたら困るもん。

それなのに、CD(=っていうんですか?)1枚渡してさ、「これで初期設定しておいてください。ボクは今日は個別懇談2件と、授業が1コマありますので、何かあったら後で報告してください。」ですって。

な・なんですとー・・・ソレはちょっと困るなあ・・・だって~私はパソコンの使い方も、車の運転も、ただ機械的にやっているだけで、仕組みというか、なんかアンフォーマルな事態がおこればお手上げなんですよ~だいたいインストールとかそういうのっていつも夫のお仕事に我が家ではなってるんだよー・・・とブツブツ心の中で言っても始まらない。

しかし、そこは「自立」している私。自力でできなくても、困ったときは助けてくれる人はいつも周りにいるんだい。周りの人々に助けて頂き、やったー、できたよー。

・・・でも、つかれた・・・・

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宗教と心理学

来客の半分・・・とまでは行かないけど、多くの見知らぬ人の訪問がある。朝起き会の勧誘から始まって、エホバの会、創価学会・・・と宗教が多い。

今日のお客様は、「子育ての講演会」のお誘いだった。たいてい、気の毒なくらいけんもほろろのお断りをする私だが、今日のお客さんは、なんとなく思い詰めたような雰囲気のある若いおかあさんだったので、ちょっと話を聞いてみた。

ベースは天理教とのこと。「でも、天理教に入る必要は無く、講演会に参加するだけで良いんです!」と間を入れず付け加えられた。そして、ご自身の体験のお話を、「あんたが講師になれるよ」というくらい一生懸命してくださった。

その体験とは、以前お子さんが登校拒否で悩んでいたとき、講演会に誘って頂き、その通りにしたら1週間で学校に行くようになったのだそうだ。

なにをしたんですか?

先生は、まず、家の中をきれいにしなさいとおっしゃいましたのでその通りにしました。恥ずかしながらそのころ家の中は、掃除をしていなくてごちゃごちゃだったので、掃除を毎日するようにしました。

それから、夫婦仲良くしないといけないと言われました。子どもに問題があるのは家庭に問題があるのだから、やっぱり、家をきれいにして、夫婦仲良くしないとダメだということを、とてもわかりやすくお話ししてくださいました。

とのこと。

良かったですね。でもせっかくですが私は別のことで勉強しているので、まあ、結果として同じようなことをするんですが・・・

と断った。

その女性はいつも散々な断り方をされているのか、「いえ!私の話を聞いてくださって嬉しかったです。べらべらと偉そうにいっぱいしゃべってしまってすいません。」と喜んで帰って行かれた。

彼女の話を聞きながら、「負の注目をしない」を実行したんだな。とおもった。おかあさんが子どもの登校拒否にあたふたしていると、子どもはそれで登校拒否の目的を達成していることになる。だって、登校拒否の目的はたいてい、注目関心引きだもの。おかあさんが、自分のお仕事・・・お掃除に専念することで、登校拒否ばかり考えているヒマがなくなったんだね。

そこは天理教、宗教だから、「学校へ行くか行かないかは子どもの課題です。」とか「負の注目はやめましょう」とか「私のできることは何でしょう」なんてことは言わず「お掃除しましょう」「夫婦仲良くしましょう」になったんだね。まだ「鬼門がよごれてる」とか「先祖の供養をしなさい」・・・これもまあ、負の注目から、関心を別のところに向ける、という意味では正解だけど・・・よかマシだわね。

理屈好き私には、やっぱ科学的なアドラー心理学がピッタリだ。何か悩み事があって相談したのに、掃除しなさい、とか、夫婦仲良くしなさい、とか言われるのって、先祖の供養をしなさいとか、ツボを買いなさい、って言うのと同じくらい、関係ないヤンと思ってしまって、そのアドバイスは受け入れられないだろうなあ・・・

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アドレリアンとして心がけていること

「アドレリアンな毎日」と題しておきながら、アドレリアンな記事は無いこのブログ。しかし見ようによっては全てがアドレリアンな記事とも言える。

この間のアドレリアンの集まりで「アドレリアンとして日々心に留めていることは何ですか?」と考える機会があった。

アドレリアンほかほかの人はたいてい「課題の分離」をぶら下げて生活している。それだけで、職場にせよ、家庭にせよ目に見えるように平和になるからだ。最初はかなり努力しないと他人の人生に口出ししてしまうものだ。未だに私は意識しないといけない。

今朝も、同居の娘はゆっくり寝ている。朝そこそこの時間に起きないのは、私の好むところでない。また、大学に遅刻しないかも気になる。

けれども、私の好みを押しつけてはいけないな。娘の人生は娘がマネジメントしなければね。何時に起きるかは娘の課題だ。大学に遅刻しないよう努力するのは娘のお仕事だ。そう自分に言い聞かせないといけないまだまだひよこな私。

けれども、親として、子どもに世の中に貢献できる人間に育てる、という大切なお仕事があるから、時々は「お話し合い」をしなくては、放任子育てになる。

今朝は10時半に起きてきた。「おはよ~」「おはよ~、今日は何時からなん?」「11半の電車で行く。」そっかー、ちゃんと電車時間に合わせて起きてるんだね。

・・・というぐあい。

あのとき、アドレリアンとして私は「信頼して任す」を心がけていると答えた。「信頼」と「信用」の違いを知ったとき私は衝撃を受けたものだ。

先ほどの娘の事例で行くと「娘は自分で必要な時間に起きる能力があると信頼して任す」という風にもできる。これも、時々は話し合うことは大切だ。

そう考えると「課題の分離」も「信頼して任す」も繋がっているな。

娘がなかなか起きてこないと、イライラしてしまう私。そのたびに「信頼、信頼」と自分に言い聞かせないとダメな私。私は娘が遅刻すると嫌なんだ。ちゃんと大学に行って=私好みの生活をしていないと、何とかしなくちゃ、と思ってしまうんだ。

「はよおきや」「わかってるわ、うるさいなあ」のパターンはなくなりました。

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痩せてる!本当に!

今日は待ちに待った友人Hちゃんとのご対面の日。もう一人の友人Aちゃんと「悔しいからリバウンドさせちゃろうぜ!昼食はバイキングできまりね」と相談(恐るべし友人のわたしたち)。

立命館大学の中の「TAWAWA]という京野菜バイキングのレストランに行きました。(バイキングにしてもお野菜のメニューにするやさしい私たち)

昼前に言ったらもう長者の列。30分ほど待ってやっと入れました。

さてさて、くだんのHちゃん。確かにスマート。私にはもうなくなってしまった、腰のあたりのくびれも復活。

参考のため彼女のダイエット方法を書き留めておこう。

《食事》・・・朝食:ダイエット食品(飲むタイプ)

昼食:ダイエット食品(クッキータイプ)

夕食:家族がそろうので、家族と同じものを、量を控えて。

間食:なし

《運動》・・・週4回エアロビクスで汗を流す

《その他》・・・たるまないようリンパマッサージ(本とビデオを見ながら自分で)

ふー、私には無理かなあ・・・人生掛けないとできないな。でも、ダイエットに人生掛けたくないよ。おいしいモノを食べるのは私の生きる値打ちの半分を占めているかも。(=悲しすぎ!)

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3年間で変わったこと

私がインドネシアでぬるま湯に浸かったような生活をしている間にいろいろなことが変わった。

おじいちゃんが要支援になっていたこと。かつての子育て仲間(=実は子どもをダシにした主婦の遊び仲間)がみ~んな何らかの仕事を持っていて、平日は遊んでもらえないこと。・・・いろいろあるけど、一番ビックリなのは・・・昔からの友人Hちゃんがダイエットに成功したこと。

3年前は、私より太っていた、それもかなり。体重は多分70近くあったはず。ソ・ソレが、一時は48まで落ちたという!!!!今は、52くらいでおちついているそう。

あしたは、そのHちゃんともう一人の友人Aちゃんとデート。ダイエット成功の話を聞き、明日のデートまでに、私もちょっとくらいしぼませておきたいものだと心から思っていた。だって、むこうは52kg、こっちは・・・ですから、ちょっとでもその差を縮ませておきたいと思うのが女心かと・・・(なんのこっちゃ)

ところが、そういうときに限っておいしいモノがあるんだよね。夕べも月例会(?)のおしゃべり仲間で新作ケーキたべちゃったし。エンドウ豆ご飯だって、これを食べずにスマートになってなんぼのもん?!とおかわりしちまったし。そのまえの、そら豆ご飯もしかり。その前の前は、「鹿肉」をいただき、それでカレーを作ったらすっごくおいしくってけっこうおかわりしちゃったし・・・・

てなわけで、しぼむどころか、気のせいかまたまた膨らんだかも。

ま・太っても、痩せても、親友に会うのは楽しみ!

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お食事係を解雇されました

遂に、おじいちゃんから、お食事係を解雇されました。

おじいちゃんは1週間ほど前から、酸素を吸いながら歩いたりリハビリをはじめたんです。ウォーキングマシンは使ってませんけどね。そしたら随分変わってきましたよ。

まず、仏壇にお茶を供えるようになりました。

そして、ご飯も自分で炊くと言い出しました。

毎回、「次はもうちょっと柔らかくたいてくれ」「今日のはおかゆみたいで柔らかすぎ」「もうちょっと量を減らしてくれ」・・・と注文の嵐でした。で。遂に、「しゃーない、自分でしようか。」となったようです。

まだアドラーに出会っていなかった頃は、こういうシチュエーションでは、私は「罪悪感」を感じ(=実は、使い)、自分を責めていました。

今は違います。「わー、おじいちゃん、元気あるう。」「おじいちゃん、能力アップだね!」と喜んでいる私がいる。

なぜ私が「罪悪感」を感じていたか・・・それは自己欺瞞の一種。私は「いい嫁、いい娘」でいなければならない、と思いこんでいたから。「私は、好い娘なんですよ、皆さん。だから、こんなに罪悪感で苦しんでいるんです。」というパフォーマンス。

よぼよぼのおじいちゃんにご飯の用意をさせるなんてかわいそう、世間の人が聞いたらなんて思うかしら。平気な顔をしていたらなんちゅう娘やと思われては困るから、せめて罪悪感を使って困った顔をしていよう。

でも、今はね、

おじいちゃん、がんばってるなあ。嬉しいよ。たすかるわあ。ありがとう。

「アウタダ」のとおりだ。ア・・・ありがとう

ウ・・・うれしいわ

タ・・・たすかるわ

ダ・・・だいすきよ

ちょっと最後のダイスキヨはないけどね。

この言葉がけは、こどもに「ボクがいることでおかあさんが喜んでいるな」「ぼくは世の中の役に立ってるな。」「居場所があるな」というように勇気付けができるという。

これは、ほめる育児、とはまったく異なる育児だ。

ほめられて育った子は、ほめられるために何かをするけど、

勇気付けられて育った子は、世の中の役に立つために何かをする。

ほめられて育った子は何かしたときだけOKだけど、

勇気付けられて育った子は、何もしなかったとしても、じぶんはOK。

子育てだけでなく対人関係全般に使える。

対おじいちゃんの場合、ほめたりしたら「親をばかにしているのか!」怒るだろう。

でも「おじいちゃんがそんな風に頑張ってくれるのって私は嬉しいわあ」というと、「ちょっとでも自分のできることはしないと。動ける間は動いて、おまえに迷惑かけんでもええようになあ。」と返事があった。

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いよいよ仕事開始という日に限って

先週で研修も終わり、いよいよ仕事開始。

研修3日目でもう既にやる気が激減しているとはいえ、意地とプライドに掛けても(人生は掛けません)1ヶ月は頑張ってみようと思っている私。

まあ、スーツを着て、お化粧して行くところがあるだけで、ちょっと嬉しい。

ところが、朝から、おじいちゃんが「病院連れていってくれるか」と言う。そういえば今日は眼科の日だったね。で、なんと帰りは何時になるかわからないという(=当たり前)。仕事には1時半には出なくては行けない。おじいさんのことがあるから、午後からの仕事を探したのに、総合病院は混んでいるから午後にかかる場合もあるんだね・・・しかし、正規職員で長年つとめてるならまだしも、週数回数時間のバイトの身で、しかもいきなり、遅刻って分けにはイカンでしょう・・・

それで、「1時以降になるなら迎えに行くのは無理だから、タクシーで帰ってくれる?」とお願いしたが、

おじいちゃんは「タクシー乗ったら3000円もかかるしもったいない」と言う。

「タクシー代私が払うし(=今日のバイト代パ~=涙weep)」

「せっかく車があるねしもったいない。自分で運転していく。」という。

げげげ・・・それはやめてよ~

結局、1時以降になれば、妹に頼むことに。(=妹は正規職員、融通の利く職場・・・とはいえねえ・・・)

結果は1時ちょうどに「今終わった」と電話が・・・・スグ迎えに行って戻ったときにはもう1時半すぎ。お化粧も何も、バタバタと職場に向かったのでした。

あ~あ、仕事行く前に疲れたよよ~

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もくもくファーム

かつての子育て仲間と、三重県の伊賀にあるもくもくファームに行った。

子育て中は、ここで手作りウインナーやパスタ作り体験をしたり、ファーム内を探検して、遊んだものだ。お弁当持ちで、会員になれば、ファーム内では無料で遊べる。体験をするとお金がいるけど、作ったウインナーやパスタはお持ち帰りできる。

今回は、もう子育て卒業者ばかりだから、お目当てはバイキングのお食事とお買い物。

バイキングのお料理はどれもこだわりの手作りばかり。中国とか見えないところで作られた不安なお料理はない。今回は土曜日とあってすんごい混雑。30分待ってやっとありつけた。

一杯食べて一杯おしゃべりして、その後は、お買い物。

お買い物といってもそこは主婦のお買い物。

伊賀のモチ豚でしょう、ベーコンブロックでしょう、摘み立てイチゴでしょう、とっても濃いお豆腐でしょう、畑で完熟トマト・・・などなど

どれも全て非常においしいです。

トマトなんて、もうバンドンのトマトとは比べものにはならない。トマトの香りのする、甘いトマトです。夕食にまるっぽかじりしました。

お豆腐も、まずは、お醤油なしで食べます。大豆の甘みがお口に広がるのです。

ベーコンは朝食に、キャベツなどお野菜炒めに使います。ちょっぴり入れるだけで、お野菜のうまみ倍増です。高価なので、チョビットしか入れません。それに、インドネシアで買ってきた粒コショウをガリガリっとすると、もうたまりませ~ん!

いちごもおいしかった~。すごくよく売れるから、ホント摘みたてなのです。

豚肉も、今回は焼き肉用を買ったけど、ここのは牛肉よりうまい。

しかしながら、私は、お昼バイキングでかなり、かな~りたくさん食べてたので、1枚しか食べませんでした。

他に、生パスタ、ウインナー、パン、お米、シフォンケーキ、お団子、スペアリブ、苗類・・・いろいろあります。

苗類といえば、青しその苗が58円で売られていました。うっひゃー。我が家には4月にまいたシソの芽が一杯出過ぎて、どこに移植しようか悩んでいるところ。1ポット58えん?!

バイトしてるより、苗を売った方が儲かるかも・・・・と真剣に考えてしまった・・・・

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バイト3日目

バイト3日目、研修の最終日。

まだ3日目なのにもうやる気がなくなってきた。

ナンカ・・・違うぞ。居心地が悪い。

まず第一に、・・・と思ったのは。

現状で満足していてはいけない、どんどん改善点を出してほしい。・・・とおっしゃる。自分が職場をよくするんだ!という気持ちがあれば、どんどん改良点が出てくるはず。出てこないのは、言われたことをやっているだけで、問題のある勤務態度だとおっしゃる。

う~ん、人生経験を積めば積むほど、積み上げられてきたやり方に敬意を払う様になる。たとえソレが私に言わせれば疑問なやり方であったとしても、私の知らない部分でそのやり方が便利なのかもしれない。あるいは、予算の関係で、それが今のところ最善の状態なのかも知れない。思いつきで意見を言うのは、私に言わせりゃ、若気の至りだ。

第2におもったことは、、、

どの職場でも、速くて正確な仕事がベストだ。しかし、正確さを優先する職場に私は長くいた。信頼は正確な仕事の積み上げの結果生まれるものだと思っていた。ところが、ここはどうも速さが優先されるようだ。実際、研修の資料も、急いで準備したのだろう、不備が目立つ。なぜ、提出する前にもう一度確認しないのだろう?と疑問に思うような「雑」な仕事ぶりに感じた。そういう雑な仕事を求められても、私は嫌だな。とはいえ、これだけの仕事量をこなすには雑にならざるを得ないな。

マイペースでやるしかないな。それで首になったらそれは仕方ない。

と思って、帰宅。「アラウンド40」のドラマを見ていたら、あらうんど40の主婦が再就職して、一日で使い物にならなくてクビになった場面があった。夫と娘に「オー、おかあさんは1日でクビにならなかったよ~ん。でも来週当たり、自らやめてやるかもしんないけど。」と予告しておいた。夫には「ええなあ、合わなかったらやめられるし。」と言われてしまった。

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奨学金申請

本帰国して2ヶ月近くたった。そして見えて来たのは、「我が家の家計って大ピンチ?!」ってこと。いや、予想はしていたんですけどね。それだから、帰国早々職探しもしたしさ。

デモ、私のパートの収入はあくまで私のために使いたいワタシ。

そうなると、この家計のピンチはどうするか・・・次女に奨学金を借りてもらおう!ナイスアイデア!

ということでさっそく申し込み。無利子と利子つきがあるが、無利子の希望者が多く借りられない場合が多いから、第一希望無利子、第2希望利子付き、で申し込むことに。その希望理由をどう書くか次女と相談。できあがった下書きを読んで、愕然とした。私家ってチョー貧乏・・・・

「姉が東京の私立大学に通っているため、学費、仕送りがかさむ。

同居の祖父が身体障害者のため、母が働きに行くことができない。

家のローンを返済中である。」

自分で書いて、ちょっとため息・・・

来年友人とフランス旅行を計画していたが、早速「私・パス」の電話を入れた。

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インドネシア人の介護士さん

今朝のNHkで、「インドネシアからとりあえず1000人看護士、介護士」というようなニュースを見た。

ジャカルタの看護士さんにインタビューをしたり、先日あったというデモ(夜勤をしても、重労働でも、給料1万5千円ほど・・・)を放送されていた。「日本に研修に行きたい」という熱い想いを持っている様子が伝わった。

しかし、日本側は人手不足解消の為なのだ。しかも、4年以内に介護福祉士だったかなの資格を取得できなければ強制送還だという。日常会話の習得ならまだしも、資格取得の為の参考書を読みこなす語学力は、並大抵ではないだろう。法律や専門用語などのオンパレードの参考書を、働きながらマスターするなんて、日本語のできる日本人でさえ難しい。それを4年間で取得。。。。っていったい???

たしかに、インドネシア人は介護士や看護しにむいた部分があると思う。それは、慈愛に満ちているというか、優しい人が多いから。私がインドネシアで入院したときも、看護士さんは本当に親切にしてくれた。薬の量とか「キラキラ」じゃあ困るけど。

どんなに厳しい労働条件だったとしても、インドネシアで働くより好条件なのだ。なんだかなあ・・・インドネシアにいたときよく「日本に研修に行きたい」ということを耳にした。そのたびに私は、恥ずかしいような、気の毒なような気になった物だ。

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記念写真

長女の帰省の目的のもう一つは、成人式に撮り損ねた振り袖姿の記念写真撮影。

といっても、振り袖は当初から私のを着せるつもりだった(本人がそう希望)。けれども、後の片付けとか考えると、それもおっくうになり、写真屋で貸してもらうことに。娘は、濃いグリーンのステキなのを選んでいた。

ついでだからと家族写真も撮ることに。チンドン屋一家かと思われるイデタチ。夫は、バティック。下の娘は入学式に新調した黒のスーツ。そして、私は、いろいろ迷ってあげく、クバヤ。でも、みんなに、「おかあさんは後ろ!」って言われて・・・できあがった写真を見たら上半身しか写っていなかった。夫がバティック姿で椅子に座り、その横に振り袖さんが立ち(お父さんの肩に手を置くポーズ)、黒いスーツさんがその横、そして私はお父さんの後ろだった。ちょっとくらいレースが写ってるかと思ったのに、全然!ふ~んだ。

インドネシアの癖で、値段の確認をせず頼んでおいた私。値段を聞いてびっくり!着付け、メイク、ヘアセット、貸衣装、4ショットの3折りアルバム3冊、2ショットの2折りアルバム2冊で、計・・・・恐ろしくてここには書けません。夫には半分以下の値段を伝えました。本当の値段を言ったら、「あほか」と言われるのが聞こえてくるから。

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長女の帰省

今日から3日間、長女が東京から帰省。友人の結婚式があるから。

とんぼ返りするって言う娘を、せっかく久しぶりに帰ってきたんだからぜひ泊まって帰り~と強引に誘ったわけ。

昨夜、夜行バスで東京を出発。早朝京都着。おばあちゃん家で着替えて直披露宴に。結婚式の後2次会3次会までおつきあいして、最終電車でご帰宅でした。

この娘と毎日一緒に暮らしていたら、私は精神的にも肉体的にもくたくたになるだろう!!

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初出勤

遂に初出勤。といっても、3日間は研修ですけど。

2日間は本部のある京都。最終日は勤務先で。

面接で、あんなに、「週2日、1日5時間」を希望していたのに、いきなりトラブル。

契約確認を聞いてびっくり。「週3日、1日5時間」となっている。早速、クレーム。

しかも勤務時間が1:45からとなっていた。そして、これは契約通りなのだが、通勤には、公共交通機関利用。・・・ローカル線の昼時間は1時間に1本しか電車はないの。それで、1:45から勤務となると55分も待たなきゃならない。

それで、交渉。「百歩ゆずって、3日出勤するから、ローカル線の時刻にあった勤務時間にしてほしい。」

面接の時から、要望出しまくり。これは年のせい?いいえ、多分、インドネシア帰りのせいだろう。インドネシアではいつも、「ボレ・・・・?」をいっていたからなあ。

久しぶりに一人で京都駅をブラブラできチョーうれしい。

だけど、出かける前に、じいちゃんのお昼の用意したり、結構バタバタで、急にしんどいとか言い出さないかヒヤヒヤしたり、来るまでが疲れるのよね。

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生きています

次女に言われた。「おかあさん、昔はテレビあんまり見なかったけど、よく見るようになったなあ。」ウーン、自分でもそう思う。定期的に見てるのは、バッテリー、渡る世間、アラウンド40、ラストフレンド、篤姫、趣味の園芸野菜の時間、キムタクの総理大臣になるヤツも見るぞ~!そのほかにもおもしろそうなのはランダムに見ている。

で、この間、題名はわすれたけど、「余命1ヶ月の花嫁」だったかな、ドキュメンタリーを見た。乳ガンが肺に移転し、闘病している女性に、毎日やってくる恋人が「毎日病室で何してるの?」と尋ねた。

そしたら、彼女は、しばらく考えて、

「毎日・・・エ・ト・、生きています。」

と答えた。

この答えに私は、反応してしまった。

「毎日何してるの?」

「毎日、生きている。」

そうなんだよね。ウチのおじいちゃんも、毎日、生きているんだね。

この答えを聞いて、日頃おじいちゃんに対し持っていた感情がスッキリした。

日頃持っていた感情というのは、

かわいそう、とか、もっと○○したらいいのに、

という2種類の感情。

ちっともかわいそうなのではないんだね。生産物なんて何にもなくて好いよ。

おじいちゃんは毎日生きているんだね。とっても大切なお仕事だね。

健康でいると、生きているのなんて当たり前と思ってしまう。何をしたかって言うと、何か生産性のあることのみを考えてしまう。とても傲慢になって、生きていることへの感謝をわすれてしまう。

毎日、次女も私も、生きているおじいちゃんとともに過ごさせて頂いている。とてもありがたいことだ。たくさんのことを学ばせていただいているのだと、あの番組を見て感じた。。

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ゴールデンウイーク

今日は夫の実家のお祭りでおよばれに。ゴールデンウイーク唯一のおでかけ。

おかあさんはとっても気が付くし、よく動く方で、ほ~んと、ゆっくりさせて頂きました。おなか一杯になるまで食べて、後の会話はあまり興味がなかったので、アンマキ使っていたらいつの間にか熟睡していました~。目が覚めてケーキ食べて、食い逃げごめんで帰ってきてしまいました。おかあさん、いつもいつも、こんな私を暖かくみまもってくださってありがとう~

ちなみに、あまり興味のない話とは兄弟たちの「子育て・教育」の話です。彼らと私は全く理念が違うので居場所がないのです・・・(かれらはきっと我が家の子育てはなってないと思っているだろう)

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ぶんこ

インドネシアに行く前までの私のライフワーク(?)だった文庫活動。それは10年くらい続けていた活動だ。

もともと図書館作りの住民運動に関わっていた私。子どもが3歳の時実家に同居のため戻ってきたとき、ビックリしたのは「え・いまだに図書館ないの?」ってこと。当時、滋賀県は図書館にかなり力を入れていた。全国の有能図書館員を館長として引き抜き、本物の図書館作りをはじめていた。しかし私の帰ってきた町にはまだ、図書館はなかった。

それどころか、図書館行政初期の「ちょっとしたミス」である「草の根文庫」が補助金をもらうののみを目的に残っていた。もともとこの草の根文庫のモデルは、つい最近亡くなられた石井桃子さんの「子どもの図書館」であった。文庫活動をきっかけに住民が図書館作り運動を起こしてくれないかと期待されていた。行政主導でなく、住民からの動きがほしかった気持ちはわかる。うまくいった地域もあった。

しかし文庫活動はそれに関わる大人にかなりの「力」が必要である。この「力」はなかなか一口で説明するのは難しい。この「力」のない大人が文庫に関わると悲惨である。

第一に子どもは、残酷である。ここは自分の居場所じゃない、と思うと来てくれない。第2に、自力でこれない小さな子は、大人の理解もないと来てもらえない。第3に、来てもらえばいいというものではない。

・・・大人の理解・・・これは本当に大変だ。子どもにとって遊びがどんなに大切か、ということを理解している大人は、実際のところそう多くない。お手軽参加型の、行政主導の「○○体験クラブ」などには参加できても、遊びを作っていくことのできる子はそういない。遊びを作っていくためには、ある程度の時間が必要なのだ。細切れの時間ではできない。また、今の時代子どもが安全に遊べる場所(=空間)も必要だ。そして、一緒に遊びを作っていく友達=仲間)もね。言い古された言葉ではあるが「三間を保証する場」・・・これこそ文庫だ。

これは誰でもやれる仕事ではない。・・・と自負している。

バンドンに残してきたルマ・キタ文庫。引き継ぎに消極的だったのはこういうわけだ。押しつけて日本に帰るくらいなら、閉じてしまうべきと思っていた。ところがいろんなことがあって、引き継いで頂いた。どんな風に続けてくれるか、楽しみでもある。

さてさて、日本の文庫は、私がいなくてもちゃーんと続いていました。保育所との交流会も、前の私の職場だった児童館訪問も続けておられた。今は、みんなの活動場所である公民館に季節の花を植えたり、更に楽しそうになっている。子どものため、・・・なんてホントはうそぺっぺ。大人も本当は楽しんでいるんです。「今度は~しない?」という子どもと一緒に、限られた環境の中でいかに楽しむか、知恵を絞っています。

こういう仲間ができるまでに3年かかっています。地域の公民館を気持ちよく使わせて頂けるようになるにもほぼ3年かかりました。(なるほど石の上にも3年)。「文庫を始めては3年」ですがそれまでのつきあいが更に長い年月あります。つまり、やはり、人間関係って、とっても大切なのです。お母さん方が。お母さん方の方から「私も一緒にやります」と声をかけてくれるまでは、ただひたすら自分の理念に従い行動するのみだったな。

バンドンではなんのパイプもないところから始めて3年でしたから、実際のところ引き継ぎは無理があったかもしれません。ariesさん凹んでないかな。

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二重に見える

先月来おじいちゃんがよく口にする「物が二重に見える」気になる発言。そ・それって怖いんじゃないの?片目だとちゃんと見えるが、両目で見ると二重に見えるそう。

今日は、そのことで、病院へ。いつもの病院でなく、眼科のある総合病院へ。いつもなら自分で運転して行くんですが、(=帰りにコンビニでお弁当を買うのが楽しみ)、総合病院というのは駐車場が広くて、離れたところしか空いていないとすっごく歩くことに。それで私がアッシークンをさせて頂きました。・・・しかし、眼が悪けりゃ、これから、もしかしてずーっと私アッシークン?・・・いかんいかん先取り不安早めておこう。

今のところ、自力で車の乗り降りもしてくれるし助かるなあ。病院の前では、車いすに乗せたり、第の大人が二人がかりで大奮闘しておられる家族も・・・

原因がわからないので、これからしばらく通院することに。次回は12日だそうです。

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