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担当者会議

今日はおじいさんの介護の件で担当者会議。看護士さんとケアマネージャーさんと本人と私。当面の目標は、筋肉を訓練して歩行が楽になるように頑張る、ということに。

前のケアマネージャ-さんは、キーマンである私を気遣ってくださる方だった。キーマンがくたびれては好い介護ができないからと、何かと声をかけてくださった。今日から新しく担当してくださる方は、そういうことはあまりなさそうで、ちょっとフマンな私。

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オクラの芽が出た!

わ~い。オクラの芽がでました。ほうれん草もサラダ菜も順調に芽を出してくれています!

紅しそ、青じそ両方ともい~っぱい芽を出しました。

まだ、どれもこれも双葉ですけど。

ジャガイモは先週追肥して土をかぶせました。そのおかげでぐんぐん成長!来週もう一度追肥と土かぶせをして収穫を待ちます。

まだ芽がでないのは、枝豆とトウモロコシ、ミニトマトです。

今日は新たに、にんじんとしょうがを植えました。

グリーンピースの手もしてやりました。

ゴールデンウイークが明けたら、なすび、とうがらし、きゅうり、とまとの苗を植えます。

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ウォーキングマシン

おじいちゃんは、足がもつれてこけて落ち込んでいるか?答えはNO.

それどころか、なんと、ウォーキングマシンを買って足を鍛える、と言い出した。早速ケアマネージャーさんに相談したところ、運動療法の先生と家庭訪問をしてくださった。先生の話では、一般的にウォーキングマシンは高齢者にはおすすめでないという。自転車こぎのほうが自分のペースでできるから安全なのだそうだ。ウォーキングマシンのようにたとえゆっくりの速度でも、一定の早さで動き続けるマシンにあわせて歩くのは、結構高度な技術が必要なのだ。

しかしおじいちゃんは自転車こぎやったらいらないという。

今までどんなに手を替え品を替え言っても、運動をしなかったおじいちゃんが自分から運動しないとヤバイと思った、このチャンスを逃す手はない。・・・というのが全員の一致した意見。

「もし使いこなせなかったら娘さんが使えばよいじゃないですか。」

「もし難しいようなら動かさずに、足踏みだけでもしないよりまししゃない。」

と、いろいろアイデアが出た。

ただ、酸素を吸いながら運動するのは技術が必要で、過呼吸にならないよう練習が必要yだそう。それに、足腰を鍛えるのが目的なら、ウォーキングマシンではあまり効果がなく、特別な筋肉を鍛えるほうがいいそう。運動療法の先生にプログラムを組んでもらい、マシンとは別に、運動することに。

アー、ついでに、ぽっこりおなかをひっこめるプログラムも組んでおくれ。

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よーし頑張るぞ.

アルバイト(パート)の返事が来た。やったー採用だって。今回は正職員さんの補助として、一名の採用なので頑張ってください・・・といわれても、お金目当てのパートだし。ゴールデンウイーク明けに3日間研修です。

「すいません、もし可能ならなんですが・・・」

「毎日研修が続くとしんどいので、1日おきとかにしていただけますか?」

とオバサン根性丸出しの申し出。

この電話を後ろで聞いていた娘は

「やるきあるん?」とあきれ顔。

しかし、おじいさんのおつきあいとか畑とかあるし、今月は「月当番」もあたってるし、仕事一筋に行かないんです!

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長浜黒壁

商店街の活性化、町おこし(?)で成功した事例として全国でも有名な、長浜町の黒壁。今日は友人と黒壁散策におでかけ。長浜といえば、長浜城、長浜城といえば豊臣秀吉・・・ナノだったが、最近は長浜といえば黒壁、黒壁といえばガラスの雑貨、オルゴール・・・というのが最近のルート。

そして、見過ごしてはいけないのが、近江鉄道のフリー切符。土日限定だが、全区間乗り放題で550円。近江鉄道というのは知る人ぞ知る区間料金全国NO・・・10以内(=多分)

その近江鉄道乗り放題550円は安すぎ~

それを利用して終点米原まで行き、米原から190円で長浜まで行きました。9時過ぎに出発して11時過ぎに到着。

すぐにランチlovely(=実はこれが一番の楽しみ)。イタリアンのセットで1800円。前菜、パン(おかわりOK)、スープ、スパゲティ(私はアサリとアスパラをセレクト)、メイン(私はチキンをセレクト)、デザート(私はマンゴープリンをセレクト)、コーヒーです。と~ってもおいしくって満足!しかも、バンドンであ~んなに苦労していた「おいしいマンゴープリン」にいとも簡単に遭遇。ここでは、以前クリームブリュレを食べて感動した。あ~日本っていいあ。・・・とは思うが1800円ですからね。おいしくなっくっちゃ許さない。

後は、雑貨屋さん巡り。トンボ玉のステキなのがあったんだけど、た・たかい。5000円くらいだよ。インドネシア帰りの私には信じられない。それでも、センスはいいね。石屋さんもあったけど、インドネシアでちょっと石の勉強をした私には、偽物がすぐに分ってしまうもんね。パワーストーンの偽物なんて悲しいね。っていうか、タイガーあいとかがあんな値段であるわけないよね。おいしそうな焼きたておかきとか、叶長寿庵の和菓子とか、ふ饅頭とか、お寿司とかソバとか・・・ゆうわくいっぱい。

アー楽しかった。今回は誘惑に負けず雑貨は何にもかいませんでした。

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タイトル変更

私は、アドラー心理学のファンである。アドレリアンな人生を送りたいと常々願っている。

 長女が高2、次女が高1、同居の両親がいまいちの健康状態・・・これだけの環境の中で、夫が、海外勤務を希望したいと言い出したときには、オッタマゲーションであった。

彼の言い分はわかる。普通一般に海外勤務を希望する年回り(=子どもが幼稚園から小学校低学年)に、今はなき母が透析をはじめ、私たちと同居を希望してきた。とってもじゃないけど、海外勤務の話など持ち出せる状況ではなかった。言いにくい話だが、「先はそう長くない(=当時透析患者は10年生きられることを目標としていた)。その後で希望しよう。」と言うことになっていたが、その後の透析技術の向上で20年30年生存可能となったのだ。そして、ついに夫の年齢制限のほうが先に来てしまったのだ。

言い分はわかるが、この状況でどうすればいいのか私にはわからなかった。(=海外勤務の申し込みは夫婦同伴赴任が条件)また、私には、「夫は試しているんじゃないか」、とも思えた。もちろん夫の無意識さんがですよ。つまり、「僕をとるか親をとるか」・・・当時夫は他にも不適切な行動があり(=今も?)全ては試されている気がしていた。(=夫はマスオさん)

そんなとき助けてもらったのがアドラー心理学だった。カウンセリングを受け、パセージを受けるよう薦められた。「夫さんの不適切な行動が問題ではなく家族全体の問題。ご両親や夫さんはなかなか変わらないだろうけど、子どもさんはすぐ変わるから、子どもさんをターゲットでアドラーを練習してみませんか?」という助言だった。・・・いや、こっちは急いでるんですけど。とは思ったけれども、行き詰まっていた私はその提案を受けることに。

これが、まあ、また、私に大ヒット。結果として「私は夫の味方でいよう」と決心したのです。また、両親や子どもたちについては「信頼」することを実行しようと決心したのです。子どもたちにお父さんの希望を伝えることについては「家族会議」という手法を練習。パセージでみんなに娘役、夫役などになってもらって、練習させて頂きました。

その後も何度も何度も家族会議を重ね、まだまだ私には「私の思うように家族を動かしたい」癖がありましたが、その都度軌道修正して、バンドン日本人学校赴任にこぎ着けたのでした。

そんなわけで、アドラー心理学は私にとって大切なもの。

それで、これからも日記を続けるとすれば、アドレリアンな日々を綴りたいと、タイトル変更した次第。

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やっとネットの環境が整いました

昨日やっとネットの環境が整いました。本帰国してもうはや1ヶ月経ってしまっています。ネットが使えない生活のなんと不便な事よ。今は携帯からも検索できるそうですが、そのような能力がまだない私は、JRの時刻を調べるのも娘たよりでした。

今日から、ブログの仕上げもやっていこうっと。中途半端で途切れてるしね。わがブログの訪問履歴を見てみると、まだ数人の方が訪問してくださってるしね。

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ちょっと不幸な物語

アドラー仲間からいきなりワークのお誘いをいただいた。アドレリアンとして生きたいとはいえ、3年間ほとんど我流で生きていた私。いきなりワークってできるかなあ、と思ったけど、やっぱり行きたい!と、参加してきました。

昨夜、近所の友人と集っておしゃべりに花を咲かせた私。帰宅はモチ午前様(何を自慢しているか?)そこでは、延々と私の「ちょっと不幸な物語」を聞いてもらっていた。みんないい人たちだな。うんうんと私の話を聞き、自分の体験談をもとにアドバイスもしてくれる。そうやって「悪いあの人、かわいそうな私」を聞いてもらうだけでも、ちょっとスッとする。でもこれじゃあアドレリアンとしては・・・だけど。アドレリアンは「悪いあの人、かわいそうな私」を脱出して「この状況で私にできること」をやっていくものだと解釈している。

1日目のワークでは、ペアを組んで、「ちょっと不幸な出来事を物語にして語る」、ペアの人に質問してもらって、よりわかりやすい「ちょっと不幸な物語」に仕上げる。物語とは、ある日のある感情を伴った具体的な出来事、である。

その後、世の中の出来事(私を不幸に追いやった相手や状況)、私のしたこと、私の思ったことにわける。相手のパーソナルストレングスと、私のパーソナルストレングスを探しあう。

このお稽古をふんで、2日目は4人でグループを作り、本格的ワーク。1人が語り手(相談者)、1人が尋ね手(質問を紙に書いて、語り手に渡す)、2人が助け手(尋ね手さんと質問を考える)。

私は「語り手」があたった。「何のお話ですか?」「同居の父と幸せに暮らしたい話です。」

いろいろ尋ねてもらい、「悪い父、かわいそうな私」を一杯話した。尋ね手が質問を紙に書くまでの間、尋ね手と助け手は語り手の目の前で、いろいろ話をする。その時、昨日練習した「パーソナルストレングス」を入れながら話される。それは予想以上に勇気付けられるものだと感じた。しかし前半私は「何とか私のこの不幸を理解してもらおう」と必死でかわいそうな私の話をしていた。毎日ごろごろしていて、食事も上げ膳据え膳。ちょっとでも運動してもらいたいけど「それくらいしてくれてもいいやないか」と言う。このままでは寝たきりになるのではないか。幸せって言うのは、私が自由でいられることだ。父が寝たきりになったら自由でなくなり幸せでなくなる・・・・私の人生はどうなるんだ~

その中の1つとして、私は何日か前、学校図書館司書の仕事を断念したときのことをお話した。話しながら思わず涙ぐんでしまった。これは意外だった。私はもうとっくにやりがいのある仕事に復帰はあきらめたはずなのに・・・このお話をした頃には「ちょっと不幸な物語」がちょっとではなくなってしまっていた。めっちゃ不幸な物語になっていた。

ところがその後アドラーマジックがおこり、どうなったんだかわからないけど・・・

私の幸せがそのような物であるとしたら、それは実現不可能な願いだな。だって、どんなにおじいちゃんが運動したっていつかは寝たきりになるだろうし。

私は今まで、いろんな人に助けてもらってきたなあ。いつだって誰かが助けてくれた。バンドンに行っていた間だって、母が死んで大ピンチの時94歳の叔母が「とにかくかんちるはインドネシアに戻り、かんちる夫の仕事を全うしてきな。その間はこっちにいる者で何とかする。」といってくれた、あのときのことを思い出した。みんなが知恵を出し合って、自分たちのできることで協力してくれた。これからだって、きっとそうだ。なんだか勇気がわいてきた。

今日も夫はお留守番をしてくれている。昨日もだった。昼はインスタントラーメンを食べておいてくれたし。夕べは娘がおじいさんの晩ご飯を用意してくれた。

・・・ちっとも不幸でなくなってきたぞ。

父のお世話は私にしかできない尊いお仕事だ。こんなに私を必要としてくれるお仕事がこの世にあるだろうか?きっとこれが私に割り振られたお仕事なんだな。この状況を受け入れることだな。私にできることはいっぱいありそうだな。

単純な私はるんるん気分になったのでした。助け手さんも尋ね手さんも開いた質問を繰り返しただけです。それなのにちょっと不幸だった私に、勇気がみなぎってしまいました。アドラーマジックです。

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ダイエット

先日の就職試験にあと、肩がこった。これは、小さすぎる服を着ていたからだと思う。

帰国して、週1回の割でケーキを食べているなあ。女友達とお茶、って言うとどうしてもそうなっちゃうのだ。これだけでカロリーはオーバーだろう。ちょっと、ここらで、真剣にダイエットしないとやばいかも・・・ってことで、今日から運動はじゃまくさいから、2000kalにおさえる努力をすることに。ご飯も慣れるまではちゃんと計ることに。ご飯1食を160Kcalにおさえようと思うとたった100グラム・・・茶碗7分目くらいである。山盛りよそえば320Kcalいってしまう。それを3食食べたらおやつが食べれない。ご飯山盛りをとるか、おやつを取るか・・・難しい選択である。いや、実はもう一つある。ご飯山もり食べて、おやつも食べて、その代り運動するっていう手もあるのはある。

今のところおやつは我慢でいっている。

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就職試験

いよいよ採用試験の日。週2回のパートと侮ってはいけません。試験にはスーツと、襟のあるシャツを着てくるように、との指示があった。たかが週2日のパートのためスーツを買うのなんてもったいない。何とか昔のを着ようと思うが、何とも窮屈である。まだ肌寒く、ババシャツを着たいところだが、それを着たら腕がとおらないではないか。それで、寒いのを我慢して、下着なし、しかもシャツは半袖・・・でなんとか着ることができた。それでも、上着のボタンは留められない!

この試験のために本部から試験官が来ていた。

いきなり面接。「何故この仕事を希望されましたか」という、おきまりの質問から始まった。この質問は予想していたが、答えるのは主婦のパートとしては非常にこまるのだ。何せ、こっちはただのパートである。「御社の・・・」というような模擬解答は白々しくて言えない。正直に「週2回から、一日4/5時間からOKということ、・・・それと、子どもに多少なり関われる仕事なので応募しました。」と答えた。続く質問は忘れてしまったが、全て、あまりテンションあげすぎず自然体で答えるよう意識した。今更エエカッコウして採用されてもしんどいだけだからね。

続いて適性検査。何とも答えにくい質問ばかりだ。「あてはまらない」「すこしあてはまる」「かなりあてはまる」「あてはまる」のどれかを選ぶのだが、そんなこと聞かれてもケースバイケースだよ。多分もう一度やったら全く違う回答するだろうな、と思いながら適当に直感で答えておいた。

そして、やりながら「私って事務には不向きかも」と気付いた。これはピッタリ来る回答だというのがいくつかあった。「整理整頓は得意である」・・・「あてはまらない」、「決めたことは最後までやり通す」・・・「あてはまらない」とかね。それって、事務系じゃないよな。

その後が恐怖の一般教養。1時間。「一般教養、自信ないです。」というと「大丈夫ですよ。知能テストに毛の生えたようなもんですから。」とのこと。イ・イヤ、それが困るんだよ。そういう簡単なのができないとアホ丸出しじゃん。ところがラッキー。ほとんど数学っぽいのばっかり。政治経済、地理歴史がな~い!!やった~!デモ、ついでに漢字もなかったけど(=せっかくやったのに・・・catface)。筋道を立てて考えるのは大の得意。ヒッヒッヒ。・・・この時点で採用されるかどうかより、アホと思われるほど問題が解けない、という状態が回避できたことで満足している私。

その後、履歴書を見ながらの面接。

終了。

もし採用になったら京都まで研修に行くそう。げ。

まあ、久しぶりにちょっぴり緊張して、楽しかったかも。

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運転引退の時期は?

今月初め、おじいちゃんがこけました。病院の帰りコンビニでお弁当を買ったそうです(=唯一の楽しみ)。駐車場で他のお客に「小銭が落ちましたよ」と声をかけて頂き、拾おうとしたところまで覚えているそうです。気が付いたら血だらけになって、そのお客さんと店員さんに起こしてもらったとのこと。「救急車をよびましょうか?」という提案に「脳がどうかなったんではなく、足がもつれただけなので自分で帰る。」と自力で帰ってきました。

帰国してすぐケアマネージャーさんに相談したことは、おじいちゃんの運転のことでした。事故を起こしてからでは困るので、何とかやめてもらいたい。

しかし、「車があればどこにでも自分で行ける」ということがおじいちゃんの唯一といって過言でない程の自信だ。無理に取り上げるのは、良くないのでは。へそを曲げられると、後々の介護がうまくいかなくなる可能性もある。ケアマネージャーさんとかんちるが繋がっているということも、おじいちゃんに感づかれないようにしないと、ケアマネージャーさんを拒否されても困る。「訪問看護はもういらん」などと言い出したら大変!

どこのお宅も、運転免許返上の時期については悩みの種だと、新聞に書いてあった。

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家庭菜園挑戦

野菜作りなる物をはじめることになった。

それまで亡き母がやっていた畑を私が引き継ぐことに。

かんちるがインドネシアに赴任中は近所の92歳(だっけ)の叔母が、なんとか草ぼうぼうにならないように管理していてくれた。今、植わっているのは、グリンピース、空豆、タマネギ。帰国後植えたのが、ジャガイモ、里芋、大根、オクラ、アスパラガス、プチトマト、ほうれん草、サラダ菜、大葉(紅、緑)、枝豆。

・・・といっても、かんちるは耕耘機代りみたいなもの。92歳の叔母の弟子なのです。ここ掘って、次までに石灰府って掘り返しておいて・・・てな具合。まあ、初心者のかんちるとしては今年はみっちり修行するしかないか。来年は好きなのを植えるぞ~。

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お祭り

3年ぶりのお祭り。・・といっても、お客はナシ。子どもたちも大きくなり、御輿担ぎや、お稚児さんも我が家からは出ない。夫は年をとり御輿担ぎのお声はかからなかった。お寿司を作って妹と、一人暮らしの叔母に届けただけ。

っていうか、なんと夫は、今日はPTAの奉仕作業に出動。なんの奉仕かと言いますと、、、これが笑っちゃう。学校菜園の猿よけ作り。プ。笑っちゃいけませんね。ご苦労様です。

3年ぶりの祭りっていっても、そんなこんなで、別にカンドーもしなかったな。友人の子どもたちが御神輿担いでいるの見て、「おおきなったな~」くらいかな。

近所の御輿の休憩所にお茶だし(=酒だし)に手伝いに行って、久々に近所のオバサン連中に帰国デビューしたことのほうが感動。何に感動かって、そのパワーにさ。あ~帰ってきたんだな~と実感。これからまたよろしく。お手柔らかにお願いします。それにしてもみんな元気。(口だけ)

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かなり妥協の再就職

たった半日、再就職した気分であれこれ妄想し、一夜にして夢やぶれた私。

それ以来、これからの自分の生き方を考えている。「まだまだ社会と繋がっていたいよ!そのためには、じいちゃん、あんたがしっかりしてくれないと困るんだよ!」モードに傾いている。そうなると細かいことが気になり出す。

あんなに寝転がってテレビ三昧の生活ではそのうち寝たきりになるんじゃないか。

何とかちょっとでも歩いてもらわねば。

・・・等と悩みつつ、求人雑誌で、週2回からOK.1日4/5時間からOK。という求人を見つけた。時給は格安だが、チクショーこれなら行けるか。と、応募することに。学習塾の事務。講師より随分格安だが、以前講師をしていたとき、「講師って時給好いように見えるけど見かけほどおいしい仕事ではないな」と感じたし、お気楽な事務の方がいいかなって思って。この求人形態なら、きっとパートのオバサンが何人か働いていて、正社員なら1人分の仕事をシェアーするんだろうな。

早速電話して応募した。試験は面接と適性検査と一般教養の3つ。・・・え、一般教養もあるの~?。やだなあ。たかが週2日のパートなのにさ。ちょっと、漢字くらい勉強しておこうかな。なんせ3年間インドネシア語の勉強ばかりで、漢字なんて随分ご無沙汰だし。(=他の教養はある、というわけではない。かんちるは難しい問題はできなくてもまあ仕方ないけど、簡単な問題ができないのは恥ずかしいこと、という信念があるのだ)

それで、ちょうど、子どもの本箱に漢字の問題集があったので試しにやってみた。のど元まで出てきているのに、かけない!!!答えを見ると、あーそうそうそれや!!と何でもない漢字なのに、書けない。っそ~。

てな訳で今日から漢字のお勉強をはじめました。試験は16日。

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再就職と家庭の事情

職安に通っている友人から「かんちるさんにぴったりの求人が来てたよ」と電話があった。県立高校の図書館司書のお仕事。「まだ家片づいてないしなあ・・・おじいちゃんのご飯のお世話とか、畑のお世話と両立できるかなあ」と一抹の不安は頭をよぎったが、学校図書館の仕事と聞いて、そんな不安は一瞬にして通り過ぎた。

だって、かんちるは図書室の先生になりたくて、なんと子育て中に資格を取得したのですから。ちょうど、「3年以内に学校図書館には学校図書館司書をおかねばならない」という法律ができた年のこと。けれども、なかなか専任の求人はなく、夫の話では、現職の教員に資格を取らせて兼務になるんちゃう、との話でこの資格を使って仕事はしたことがなかったのだ。

ここにきて、嬉しい求人。早速職安にといあわせたところ、「この資格を持っている人は少なく、もう随分長い間応募者がなかったんです。ぜひお願いします。」とのこと。おまけに職場は歩いていけるところだ。早速履歴書を買いに行き、写真も撮った。春は早速社会見学の資料展示だな。教科の先生と年間計画も立てなきゃな。別に調べ物がなくても来たもらいやすい雰囲気を作りたいな。保健室登校ならぬ図書室登校の子がいたら、アドラー心理学で援助できたらいいな。・・・完全妄想状態。毎日片付け、掃除、じいちゃんの相手でかなりテンション下がっていたけど、一気に回復。るんるんの午後の一時を過ごしました。

・・・ところが・・・・夜ある会議(は~、かんちるは健康推進委員という役を以前からやっていたのです。これは区の推薦をいただき1年間月に2回の研修を受けて、市から委託されるお仕事・・・というかボランティアです。あんまり気乗りがしてないけどやっていたお仕事です)から夜11時頃帰宅したら、食卓には、食べっぱなしの食器、流しも鍋やフライパンの山、居間では大の夫と娘がお菓子食べながらテレビ見たりパソコンしてるし・・・私の顔を見るや「お風呂は~?」・・・

おまけに、おじいさんは「ぜんそくが出てるし、明日、ボタン押したら家中に聞こえるブザー買っておいて。」・・・

と~っても疲れました。そしてその夜布団の中で、昼間の夢はしょぼしょぼと縮まり、逆にこれからのこの家族との生活に不安を感じはじめたのでした。

やっぱ、再就職なんて無理無理。私はこうやっておじいさんが死ぬまで介護と畑仕事と家事に追われて生活するんだ・・・私の人生っていったい何なのさ・・・とクラ~~くなったのでした。

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次女の入学式

私たちがインドネシアに赴任した年、次女は高校に入学した。私たちが赴任した数日後が入学式だった。そして、私たちが帰国寸前の3月1日が卒業式だった。そんなわけで、入学式も卒業式も参加できなかった。

家族の中で一番ちび助で、甘えん坊のこの娘が、高校の寮に入るなんて、なんという冒険だったことだろう。それでも娘は部活も頑張り抜いて、無事卒業。そして、大学は家から通えるところを選んでくれた。一流校ってわけじゃないけどね。そんなのどうだっていいの。自分で勝ち取った進路だ、心からおめでとうと言いたい。

そんな彼女の、今日は大学の入学式。着て行く服がない(=着れる服がない)と大騒ぎしながら(実は買いに行ったが似合うスーツがなかった)、コートで隠して出かけた。

一緒に電車に乗って出かけられて嬉しい。これからまた一緒に暮らせるんだなあ。

お母さんそれ以上太らんといて。もう限界やで。・・と言われつつ・・・

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新年度が始まりました

夫は、なんと言ったらいいのか・・・かなり大変なところに移動でした。

何が大変って、通勤が。

バンドンでは勤務地からほんの5分のところにすんでいたんです。今度はゆうに40分はかかります。もう5分も走れば他府県っていう山奥。しかも自分で運転だし。しかし、大変なのはそんなことではないのです。そこは山奥で、冬場道路が凍るのです。事故の心配もありますが、のろのろ運転のため渋滞が簡単に予測できます。朝は1時間20分は見ないといけないとのこと。帰りは遅くなったときは泊まり?!

しかし、他にも問題があるのです。その1は、忘れ物をしたら大変!ってこと。バンドンの時はしょっちゅう「~とどけて」と頼まれていましたから。今までのような調子では困りますよ。気を引き締めてね。

その2は、飲み会のときの帰りはどうするの?私は、そんな山奥に夜中走るのはお断りですからね。

学校の規模はバンドン日本人学校と同じ。全校児童30人ほどの小さな学校です。

さてさてどんなことになるのやら。

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